「ギャッベ」はペルシャ語で「粗い」を意味する言葉で、もともとはイラン南西部の遊牧民(カシュガイ族・ロリ族など)がテントの中に敷き、ベッド代わりに使っていた毛足の長い(5cm以上の厚みのある)絨毯を示す。
1970年ごろにヨーロッパの展示会で紹介され、コレクターを始め、世界的に人気を博した。また2010年には、イランファルス州の伝統的織物技術として、ユネスコの世界無形文化遺産に認定されている。
カシュガイ遊牧民の女性が、自分自身で織り上げたギャッベを2~3枚、嫁入り道具として持っていくという習慣は、今現在も細々とではあっても生きている。
ギャッベの織りの技は代々、母親から娘へと脈々と伝承されていく。織り機は地面に水平に置かれ、経糸は人がその上に立てるほど強く、上下に2本張られている。その2本をすくい上げてはパイル糸を結び付けていく。
横に2段結び、締め糸を2本通す。結んだだけではパイル糸は締まらず、やわやわの状態。横に通した締め糸を金属のカルキットという名の櫛の歯状の打ち込み器で、しっかり打ち込んでいく。カルキットの重さは2kgほどで、飾りで付いている小さな金属片が、「シャーン、シャーン」とリズミカルに力強く響く。
この糸を結ぶ間に行うカルキットの打ち込み具合は、女性によってかなり強さが違う。固く打ち込むほどギャッベは堅牢な絨毯になるが、それだけ仕事が進まない。
織り手の女性がしっかり事を進めることが好きな性格か、それよりも早く織り上げて現金化したい気持ちが強いかなど、女性たちの思惑によって、ギャッベの打ち込み具合も違ってくるのかもしれない。
カシュガイの人たちに流れるフリーダムの精神、束縛を嫌う遊牧民的気質がここで生きてくる。デザイン画をなぞるだけの織り手など存在するわけもなく、自分の想いをギャッベの中に巧みに織り込み、渡されたデザイン画以上の驚きのギャッベを織る。
カシュガイのごく普通の女性、「名もなき名人たち」が織り上げる美しさと華やぎがあふれている世界、それがギャッベの世界だ。
コルクウールと呼ばれる強靭な羊毛の産地として名高いイラン北西部クルデスタン州。国を持たない世界最大の民族として、時に話題になるクルドの人々が暮らす、イラク国境に接する地方である。このあたりで飼育されている羊は「カーリーズ種」。
ファーハディアン社は、この世界最高峰の羊毛を使い、世界最高品質のギャッベをプロデュースしている。
クルデスタンでは、南のシラーズ周辺で生活するカシュガイ遊牧民のように春と秋の羊の大移動はせず、夏はカミヤラン周辺の高原で遊牧生活を送り、冬は標高の低いクルドの村へと下っていく。
この地方の冬の寒さは厳しく、羊毛は縮れて絡み合い、その中に空気をはらみ、羊たちは寒さから身を守る。この自然環境と遊牧スタイルが世界最高品質の絨毯用羊毛が誕生する要因であろう。
ザクロス山脈もクルドの北とカシュガイの南とでは様相が一変する。 雪解け水が荒々しく音をたてて流れていくシルヴァン川。この川沿いに「イランで一番美しい村」と呼ばれるバランガンが、隠れ里のようにあった。
この川のほとりがクルドウールの洗い場。流れる水は手を切るように冷たい。 汚れた状態の刈り取られたばかりの羊毛を、流水ですすぎ、木の棒で叩いては汚れを徹底的に取り除く。洗剤は使わず、水量豊かな川の水だけで洗う。 作業する女性たちの手が、冷たく赤くなっている。クルド女性の民族衣装は概して地味である。 あえて人の目につかないようにしているのだろうか。 南のカシュガイ遊牧民の女性の極彩色とは大きな違いがある。国を持たない世界最大の民族クルド人たちの微妙な立場がそうさせているのだろうか。
クルドウールの手紡ぎを見せてもらった。腕を背丈より高々と差し上げ、縒りをかけて、紡いでいく。
羊毛が互いに絡み合うので、美しい細い糸に仕上がっていく。私たちが魅了されるギャッベの第一歩がここにあった。
ファーハディアンの染色場はシラーズの南、空港近くの倉庫や工場がある工業団地の一角にある。
ここの染色場を仕切るのは、親の代から染色の仕事をしてきたアリレザ氏。父親から引き継いだ染色配合の技は門外不出、男の頭の中だけに存在する。
染料のさじ加減ひとつで宇宙的な広がりを見せる色彩の世界。職人の腕が絨毯に生命を宿す。
クルド羊毛が彼の手にかかり、ほかの絨毯商とは一線を画す風合いを生み出す。品質管理は徹底しており、染色場は関係者以外立ち入り禁止となっていた。
強烈なシラーズの太陽の下で自然乾燥されたギャッベの糸は、織り手の待つ村やテントに運ばれる。一枚のギャッベが完成するまでには長い道程が待っている。
*青は、乾燥した高地では藍の発酵も進まず、高価なためインディゴを使用。
ローナスの栽培地は、古都イスファハンの東に位置するゾロアスター教の聖地ヤズドの北100kmにある、アルデカンという町の周辺。
ここはイラン土産でもおなじみのピスタチオの産地としても名の知れた土地だ。
2年間栽培をして秋に掘り起こしたローナスの根は、2~3週間乾燥させ、根の表皮ごと細かく石臼で粉砕され初めて染料となる。
織り上がったギャッベは、シラーズで集荷されて、トラックでテヘランにあるファーハディアンのサービス工場に運ばれる。最初に砂だらけのギャッベを大型ドラムにかけて土や砂を落とす。
次に裏のむだ毛をバーナーで焼く。そして洗い、天日乾燥をして電気バリカンで刈り込む。この洗いから刈り込みまでの一連を4度繰り返すのが、ファーハディアンの特徴。これにより、不要なむだ毛と動物臭が軽減される。
さらに最終チェックとサービスが施される。職人の手仕事で縁かがりや不具合部分の補修が丁寧に行われる。遊牧民の織り終えたものと比べると、まるで別物のギャッベに生まれ変わる。
洗いと仕上げのクオリティの高さは、イランの絨毯業界の中でも他の追従を許さない。「ファーハディアンが洗った品なら買い」と合言葉のように言われるほどの信用の高さ。スタッフはその誇りを胸に日々ギャッベに向かっている。